わかりやすく解説する、最新デジタルマーケティングトレンド #3
Editor's Note
目覚めると、日々変化する新しいデジタルの世界。多くの企業がコンテンツ、コマース、顧客体験、AIなど、デジタルに関わるあらゆるものをマーケティングに取り入れ、特別な顧客体験を生み出しています。時には興味深く、時には鋭い視点で、コラムを通して今話題のデジタルトレンドのすべてを様々な視点から読み解き、インサイトをお届けします。
#INTRO
激しい競争が繰り広げられているAI市場で、最近、各社のトップが異例ともいえるほど足並みをそろえて発言したテーマがあります。それは、技術の急速な進歩によって、AIが人間の制御から外れるリスクが生じている今、安全対策を講じ、開発のペースを調整する必要があるというものです。アンスロピックのCEOが最先端AIモデルの開発ペースを落とすことを提案し、競合関係にあるオープンAIやスペースXのCEOも相次いで共感を示したことで、人間のための技術力とは何なのか、議論が白熱しています。今日は、AI技術を活用して私たちの社会の変化を夢見る、少し温かみのあるキャンペーンをご紹介しようと思います。
1. Pedigree Adoptableキャンペーン
あなたにぴったりのワンちゃん、AIが連れてきました!
AIがコンテンツ制作の分野で最も多く活用されている理由は、誰もが手軽に、コンテンツを制限なく生み出せるからです。こうしたAI技術の強みを最もうまく活用した事例があります。それは、愛犬ブランドのペディグリー(Pedigree)の「Adoptable」キャンペーンです。
犬を飼う人が増えるにつれ、捨てられる犬も増え、社会問題となっています。世界中で1,200万匹以上の犬が保護施設で里親を待っているそうです。多くの団体が保護犬の里親探しキャンペーンを継続的に行ってきましたが、里親が見つかる割合が低いだけでなく、迎え入れた犬を再び手放すケースも多く、課題が山積していました。ペディグリーは、この点に注目しました。保護施設の犬と里親になる家庭とのマッチングが最も重要だと考え、まさにこの部分でAIを活用することにしたのです。
保護施設の職員は、プロのカメラマンではないため、これまで個人のスマートフォンで犬の写真を簡単に撮って広報する方法で運営してきました。活動が活発な動物を慣れないスタジオで撮影することは、決して容易ではなかったはずです。これを解決しようとペディグリーは、AI機械学習の技術を活用することにしました。低品質の写真をプロのカメラマンが撮影したクオリティの写真に変換するパイプラインを開発したのです。スマートフォンで気軽に撮った保護犬の写真をアップするだけで、AIが本来の姿を生かして照明や構図、背景まで完璧な広告写真へと生まれ変わらせました。
ペディグリーのAI活用は、広告画像の生成にとどまりませんでした。こうして生成した写真をデジタル屋外広告に掲載する過程でも、AIが大きな役割を果たしました。生成した広告画像は保護施設のデータベースとリアルタイムで同期され、近隣地域や周辺の公園へのアクセスのしやすさ、世帯規模などを分析して最適な場所の屋外広告媒体に自動的に掲載されました。例えば、龍山の保護施設にいる運動量が多い犬は、愛犬が遊びまわれる公園が多い龍山地域内の屋外広告に掲載されるという具合でした。また、リアルタイムのデータが連携され、広告の中に登場した犬の里親が決まったら、すぐに別の保護犬に変更されて新しい広告、つまり里親を待つ別の犬を見ることができました。
AI機械学習を活用した広告生成と地域ターゲティングを組み合わせたこのキャンペーンは、これまでのどの保護犬里親探しキャンペーンよりも大きな関心を集めました。最初の2週間で保護施設への訪問が6倍に増加、里親決定率が12%上昇、掲載された犬の50%に里親が決まるという大きな成果を収めました。AIによって実際の保護犬が素晴らしい広告モデルの主人公となり、その広告が機械学習によって効果的に人々に届けられたことで、実際に人の心を動かし、行動という結果につながった意義深いキャンペーンでした。
2. Virgin Media O2のDaisy vs Scammersキャンペーン
電話詐欺、AIおばあちゃんがお相手します!
メッセージを使ったなりすましが主流だった携帯電話詐欺は、近年、AIを使って声まで偽装するなど、さらに巧妙化しています。英国では、こうしたAIによる声を使った電話詐欺を逆手に取ったキャンペーンがあります。それは、英国の通信事業者ヴァージン・メディア(Virgin Media)O2のAIおばあちゃん「デイジー」です。

<出典:O2 YouTube>
英国でも、70%以上の人々が電話詐欺のターゲットとなっていました。「電話詐欺に気をつけろ」、「疑わしい電話には出るな」といったキャンペーンだけでは、これを防ぐには力不足でした。これを受けて、ヴァージン・メディアO2は自ら詐欺犯の相手をすることにしました。詐欺師の時間を無駄にさせるために、電話詐欺の主なターゲットとなるおばあさんをAIで誕生させたのです。
デイジーという名前のAIおばあちゃんは、78歳の一人暮らしの老人というペルソナをもとに、最新のLLMと音声合成技術を活用し、典型的な英国のおばあさんの声と話し方を再現しました。詐欺師から電話がかかってくると、デイジーは相手の話をリアルタイムで認識し、実際の人間のように自然な会話を続けました。突然編み物の話を始めたり、フィッシングサイトのアドレスを教えられると猫の話をしたりするなど、脈絡のない話をできるだけ長く続け、電話詐欺犯の時間を無駄にさせたのです。耐えられなくなった電話詐欺犯が「おしゃべりだな」といら立ちを見せても、「年を取ると、おしゃべりになるものなのよ」と切り返すほど、自然な会話能力を見せてくれました。

<出典:https://designcompass.org>
O2は、ダークウェブなどで、ひそかに流通していた電話詐欺のターゲット名簿にデイジーの電話番号をこっそり仕込みました。その結果、約1年間に1,000人以上の電話詐欺犯たちが実際にデイジーと電話で話しました。中には50分以上続いた通話もあり、詐欺師たちの時間を完全に奪い取りました。奪われた時間の分だけ、実際に犯罪の被害に遭いやすい高齢層には、電話をかけることができなかったはずですから、それだけ電話詐欺を遮断する効果が期待できたというわけです。

<出典:O2 YouTube>
デイジーキャンペーンでは、AIおばあちゃんが実際の電話詐欺犯にどのように対応しているかを様々なコンテンツで公開しました。実際の映像であるだけに、インプレッション数が20億回を超え、詐欺予防相談サイトの訪問者が増加するなど、大きな反響を呼びました。犯罪被害を物理的に防ぎ、人々の意識改善によって犯罪予防までできた、非常に特別な事例でした。
冷たいAIテクノロジーが動かす温かい心
先ほどご紹介したペディグリーキャンペーンがカンヌライオンズで受賞した当時、審査員長が明かした選定理由が特に記憶に残っています。AIが人間の創造性に取って代わったのではなく、これまで不可能だったことを可能にした点を高く評価したというのです。つまり、AIで人間が作るよりもさらに優れた広告を生み出したことに注目したのではなく、AIのお陰で、従来の里親探しの広告そのものが、里親探しのためのインフラへと変わった点を特別なものと評価したのです。O2のデイジーキャンペーンも同じです。AIを単に技術として見せるだけにとどまりませんでした。AIに英国のおばあさんという特定のペルソナを設定することで、技術を人間味があり、人とのつながりを大切にするものにしたのです。単なる技術的な技巧ではなく、犯罪被害に遭いやすい層を保護する、社会問題の解決にAIを活用したのです。
人に寄り添う技術、多くの企業が追求する方向性でもあります。技術発展の最前線にあるAIが私たちの暮らしをどのように変化させるのか、未来の姿がますます気になってきました。技術に向き合う私たちの思いと姿勢によって、その姿を一緒に描くことができると考えています。今日、皆さんが感じる冷たいAIテクノロジーと温かい心の間の温度は、どのあたりでしょうか。今回のコラムをきっかけに一度考えてみる時間になることを願っています。
参考資料
https://www.adsoftheworld.com/campaigns/adoptable-case-study
https://nexusstudios.com
https://news.virginmediao2.co.uk/o2-unveils-daisy-the-ai-granny-wasting-scammers-time/
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