Amazonも惚れ込んだアモーレパシフィックのK-Beautyは、いつから始まったのだろうか? - AMOREPACIFIC STORIES
#太平洋からアモーレまで
2025.07.24
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Amazonも惚れ込んだアモーレパシフィックのK-Beautyは、いつから始まったのだろうか?

太平洋からアモーレまで #5 [グローバルビジネス編]

太平洋からアモーレまで、初めての、そして、もっとも美しいものを生み出しつづけてきたアモーレパシフィック。1964年、「オスカー」化粧品を積んだ航空貨物が、アフリカ・エチオピアに到着しました。これが、韓国化粧品史上「初の輸出」であり、K-Beautyの出発点となりました。アモーレパシフィックはクッションファンデーション、韓方ブースティングセラム、スリーピングマスクといった革新的な商品によって、単なる商品の販売にとどまらず、グローバルなビューティー文化のトレンドを先導してきました。時代を先取りする感性で国境を越え、世界の中でグローバルなビューティー文化を牽引しているAmazonチームを通して、アモーレパシフィックのヘリテージストーリーをお届けします。

 

 

 

 

 

Part1.
1964年からグローバル・ビューティー文化を先導中

 

韓国の化粧品業界で初めて海外市場を切り拓き、K-Beautyの幕を開けたアモーレパシフィック。5回目のエピソードは、グローバルビジネス領域において、世界各国にK-Beautyの存在感をはっきりと示しているAmazonチーム3人組の物語だ。日本を担当するキム・イノ氏、欧州地域を担当するノ・ヒヨン氏、北米を担当するソ・ドンジュ氏が、その主人公だ。

 

 

 

 

「太平洋時代から国境を越えていますよね!」

 

 

 

アモーレパシフィックは1964年、オスカー化粧品のエチオピア輸出を皮切りに、1970年代には米国と日本へと輸出範囲を広げ、ニューヨーク支社も設立した。1970年代は、輸出実績をもとに各社に一定量の輸入を配分する「輸入クォータ制」が実施されていた時期で、米国市場への進出は容易ではなかった。そのため、アモーレパシフィックは、輸出実績を積み重ねるべく、釣り餌、革製品、アコースティックギターといったニッチな品目までを自ら輸出したというエピソードも興味深い。のちに米国の原料取引先から「パールエッセンス」を入手したいという要望があり、研究を進めることになった。このパールエッセンスは、ネイルラッカー(Nail lacquer)として人気を集めた。その結果、米国、東南アジアに続いて日本まで、相当な輸出量を記録し、「真珠色の成果」を上げることとなった。

 

 

(左)フランス工場 シャルトル/(右)LA支社の社屋屋上

 

 

続いて1990年代から2000年代にかけて、アモーレパシフィックは中国とフランスに法人を設立し、本格的な現地での事業展開に乗り出した。現在はAmazonやeコマースを通じて、米州、日本、欧州、東南アジアなど世界の至るところで存在感を示している。

 

 

 

 

アモーレパシフィックの世界進出は、単に商品を販売することにとどまらない。韓国のビューティー文化をも輸出しているという点が特徴だ。特にAmazonチームで欧州を担当するノ・ヒヨン氏は「スキンルーティン」を、北米を担当するソ・ドンジュ氏は「クッションファンデーション」を、代表的な文化要素として挙げた。欧州の場合、複数ステップのスキンケアルーティンを使う人は稀だったが、K-Beauty文化を通じて見えてきた韓国人の良質な肌への関心が高まるとともに、スキンケアルーティンを取り入れる流れが広がっている。これを受け、アモーレパシフィックは、商品の輸出とともに「スキンルーティン」という文化も発信している。
また、クッションファンデーションは、かつて、北米では馴染みのない商品だった。リキッドファンデーションがコンパクト型の容器に収まっていて、それをパフでたたいて塗るという方法そのものが、新鮮だったのだ。しかし、現在では北米でもクッションのカテゴリが根を下ろし、新しいビューティー文化を形づくっている。

 

 

Part2.
現在を担うAmazonのヒットアイテム

 

 

 

アモーレパシフィックのさまざまな商品がグローバル市場で着実に定着しつつある中で、特に国ごとに良い反応を引き出している「稼ぎ頭アイテム」がある。Amazonのプラットフォームは「本気のレビュー」で口コミが広がる場合が多いが、北米ではイリユンの「セラミド アト 集中クリーム」が代表的だ。超敏感肌の消費者が、この商品を使って肌が落ち着いたと話し、週ごとに肌の変化を写真として記録して投稿するなど、細やかなレビューが続いている。また、エストラの「アトバリア365クリーム」も米国市場で人気を得て、今年の初めにセフォラ(Sephora)にてローンチもされた。

欧州市場で興味深いのは、米国で人気を集めた商品が、欧州でも良い反応を得ているという点だ。「エストラ」と「イリユン」は、輸出前から発売に関するお客さまからの問い合わせが多く、そのおかげでローンチ時の反応も非常に好意的なものだった。実は、欧州は「ダーマ化粧品の本場」というイメージが強い市場だ。そんな欧州で、アモーレパシフィックのダーマブランドが人気を集めているという事実は、非常に意義ある成果だ。イリユンはスペインで、エストラは英国で、特に良い反応を得ている。近頃は、米国で人気を集めているラネージュの「スリーピングマスク」への欧州の消費者の関心も高まってきている。

 

 

<日本のAmazonベストセラーランキング>

 

 

一方、日本のAmazonではミジャンセンの「パーフェクトセラム」が人気を集めている。Amazonとインフルエンサーマーケティングを通じて、最近、日本のAmazonのベストセラー上位にもランクインした。

 

 

Part3.
アモーレパシフィックのヘリテージは、「突破するチャレンジ精神」

 

 

 

グローバル市場でK-Beauty文化を牽引しているグローバルビジネスチームのメンバーたちは、「太平洋からアモーレまで」と続いてきたヘリテージを、どのように見ているのだろうか。
Amazon欧州担当のノ・ヒヨン氏が考えるヘリテージは「突破」だ。世界進出の過程で絶えず新しい変化を試み、多様な方法を模索して各国の壁を打ち破ってきた底力があるからだ。一時的に注目を集め、消えるブランドではなく、長く、愛され続けられる理由は、困難を乗り越えていく力に裏打ちされた真摯な思いにこそあるのではないだろうか。
Amazon日本担当のキム・イノ氏は、「思い」を挙げた。お客さまを思い、世界を美しく変えていこうとするアモーレパシフィックの心から、すべての歩みが始まっており、その思いが込められた商品を通じて、消費者に美しさと同時に楽しい体験を届けている。特に、どのような状況でもその思いが今まで変わることなく、着実に受け継がれてきたということに、大きな意味を感じている。
最後に、Amazon北米担当のソ・ドンジュ氏は、 「挑戦」だと定義する。アモーレパシフィックはいつも新しい市場に、新しい方法で挑戦し続けてきており、まさにこうしたプロセスがいっそう成長を促してきた、と説明した。

誰も進出したことのないグローバル市場に、真っ先に足を踏み出したチャレンジ精神にあふれるアモーレパシフィック。今はeコマースを通じてより広い舞台へと飛躍し、K-Beauty文化を世界に発信している。お客さまへの真心と突破の精神で、これからもより多くの方々にポジティブなビューティー・バイブを届けていく——アモーレパシフィックの歩みが楽しみだ。

 

 

 

 

『太平洋からアモーレまで』では、太平洋時代から始まった80年の歩みを通して、アモーレパシフィックの現在と未来を描いていきます。この瞬間にも美の歴史を綴るアモーレパシフィックのヘリテージを、ぜひご確認ください。

Directing KAYA MEDIA

Planning Amorepacific Communications Team

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